2011年3月10日:2011春・九州旅行(第4日目・後半<番外編>)〜広島駅で国鉄型を撮影〜

 2011年3月7日〜10日の旅行記録、第4日目です。最終日は既に九州を出ていますので、番外編と言う形になります。この日は、私としては九州以上に珍しい、山口・広島県内にいました。最後は広島駅で頻繁にやって来る国鉄型を撮影していました。


行程 (第4日目後半含む)

No.乗車駅降車駅列車乗車車両
1徳山#17:50大畠#18:323322M普通下関岩国クハ115-21204/4広ヒロL10
2大畠#113:12岩国#613:393338M普通新山口岩国クハ115-10801/4広ヒロL16
3岩国#613:54広島#414:45360M普通岩国糸崎クハ115-30101/4広セキN10
4広島#1416:44東京#1420:5348Aのぞみ48号博多東京786-5273/16大交両Z27

 大畠駅から乗車する列車は広島の115系L編成とわかっていたので、また期待もせず。ただし、その中では珍しい方の1000番台車体質改善30N更新車編成でした。終点岩国で乗り換える電車は下関のC編成の運用なので、珍車に当たれるか(珍車=古参車になるので乗るとなるとあまり良くないですが、1時間なので由と考えていた)と思っていたら、やって来たのは3000番代N編成で肩透かしでした。3000番代自体、お初ですが。
 今回は、広島から新幹線に乗り換えるので、許される範囲で駅撮りをしてと言う形になりましたが、ちゃんと広島で撮影に行きたいものです。


 105系K09編成のクハ105は、元奈良地区導入車とわかる、元クハ103-1000番代改造車。


 こちらは生え抜きのオリジナル105系である、K03編成。岡山・南紀地区の105系もオリジナルですが、これら福塩線に導入された105系はAU75型で冷房改造を受けていないので、広島地区ならではの形態です。


 同じく生え抜きでも、冷房装置が分散型のK01編成。103系の廃車発生品の利用でこのクーラーになったわけですが、冷房交換と言うと、地元西武の101系試作冷房車の量産冷房改造を思い出します。


 105系K10編成のクハも、103系1000番代を元とするクハ105-11になっていますが、こちらはAU75クーラー装備。このクハが冷房用電源をもっていたため、自車給電しかできないクモハとの編成が可能というものですね。なお、もう1台注目のクハ104-601も見ることは出来たのですが、ホーム移動の時間がなかったりと撮影できず。


 一時期103系が大量に所属していた広島地区。主力の4連は、近年113系に置き換えられてしまい、残るは3連のD編成のみ。ただし、広島駅で3両編成の電車は103系のみのはずなので、無理矢理日当たりのよいアングルに言ってみました。なのに、カメラ不調でこんな変なアングルに。編成はD03 編成でした。


 上のクハ103はオリジナルですが、こちらクモハ130-2502は先頭車改造車で、ライトの形状が異なります。


 続いて113系。最初に目撃したのがこのF02編成。湘南色のままの113系は、昨今の広島地区だと目立ちますね。昔はこの地区は湘南色の80系、115系、111系などが占めていたのですが。この編成は京都ではL編成(湖西線)だったため、700番代オリジナルで、半自動ドアは手動のまま。


 F07編成は、先頭車が体質改善30N更新の2000番代、中間車が体質改善40N更新の0番代ラストグループ。東海道山陽線の快速から113系が撤退する過程で、京都の山陰線編成を組み替えた名残ですね。


 F10編成は組替は発生していますが、4両とも体質改善40Nで整っている編成。塗装は広島の更新色で、よく見ないと115系と区別がつきません(タイフォンが一番わかりやすい?)。


 ここでは一番異端とも思われる、F15編成に遭遇。唯一日根野から転じた編成のため、0番代ラストグループと2000番代で半自動ドア整備もない車両。運用減で転じてきた形になっていますが、元の職場である日根野は、225系の大量増備で置き換えられそうな感じもしますし、こちらに来て長生きできるのでしょうか。


 F06編成がやって来ました。こちらも半自動ドアが手動のままの700番代の編成。


 C21編成。リニューアル色かつ初期型先頭車。シールドビームの改造具合は近くで見れば考えさせられますが、AU75型クーラーの車両であり、塗り分けも合って、あまり目立たない珍車。


 113系最後は、F01編成。こちらは元嵯峨野線のC編成を出所としますので、ボタン式の半自動ドアになっています。ただし、中間車の2000番代は、上のF07編成のような0番代中間車と差し替えられて捻出された車両で、京都時代にオール700番代のC編成と中間車差し替えをした経緯から、半自動ボタンの形状が異なりますね。


 115系N編成。N19編成の中間車は117系から改造された3500番代のため、パンタグラフ搭載車がオリジナルの115系と異なります。塗装の関係でユニット窓の形状差は目立たず、強制換気装置やベンチレータもなくなってしまい、判断ポイントはパンタグラフですね。


 こちらはオリジナルのN11編成。瀬戸内色と言えば3000番代という感じだったのですが、広島快速色を経て、一部車両が一時瀬戸内色に戻ったものの、今は体質改善N30工事のおかげで全部また塗装が変わってしまいました。


 C編成も、体質改善塗装がふえましたね。このC18編成は、下関方3両が体質改善されたので、最後部のクハ115-556も塗装が統一されています。クハ115-550番代は新潟地区にもいますが、屋根上のクーラーが広島だけのタイプですので見逃せない・・・。


 300番代で構成された、C32編成。この編成は、濃黄色に塗装変更されたもの。検査でどんどんこの塗装に変わるかと思ったのですが、そもそも要部検査のときに全体の再塗装を行わず、痛んだ箇所の補修にしたほうがよい、と言う判断なのか、まだ濃黄色の車体は珍しい方でした。


 広島のL07編成はオール2000番代かつ体質改善40Nで統一されている編成で、面白みは少ないか。


 C42編成は、現在はクハは初期車でモハは網干帰りの1000番代未更新車と言う編成。C41、C42編成は、登場当初は、N編成の中で中間車が3500番代になっていない最後の2編成で、その後現在のC041、C42編成の先頭=O01、O02編成のクハの3000番台車と振り返られたことで、オール0番代。その後、網干から転入した1000番代と中間車を交換した感じですが、この編成の中間車を含む、網干から来た1000番代中間車は、体質改善対象外のようですね。(他は、G01、G03、H01)


 この編成の下関方(上の写真)はクハ115-652と言うことで、先頭車改造と冷房改造の珍車。対して、大阪方はクハ115-199というオリジナルの0番代かつAU75冷房改造で平凡、と思いきや、ヘッドライトが例のヤツでした。


 広島のL20編成は、オール2000番代で、体質改善30N編成。


 C37編成は瀬戸内色の300番代。300番代4連は国鉄末期に211系投入で捻出されたものだったはず。となると、広島の115系としては、実は新顔な方ですね。

 個性のある国鉄型のバリエーションは待てば更に見られると思いますが、東京に戻る時間になったため、適当に切り上げました。影になって日が当たらない場所ばかりになってきたと言うのもあります。
 新幹線では、広島始発に乗るつもりでしたが、1本前の博多発に余裕で間に合い(時間でいえば2本前である博多発にも間に合いましたが、既に自由席列が長くて諦めた)、無事に座席が確保できたので、10分ほどだけ早く東京まで戻りました。正味4日間、ただし行きは飛行機で一気に進み、宿泊はホテルが2泊、最後は新幹線ということで、体力的には余裕を持たすことが出来ました。完全に、自分の仕事のお疲れ休みということでケチらずに旅行を企画した勢いの結果です。しかも、この計画を鉄道移動で行った、というのも、個人的に思い入れがあります。
 九州、山陽地方ともに、撮り鉄は勿論ですが、乗り鉄も進んでいない場所ですので、また近いうちに旅に行きたいものです。

終わり。


戻る